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岡山地方裁判所倉敷支部 昭和57年(ワ)77号 判決

原告

山田幸子

ほか一名

被告

藤田泰一郎

主文

一  被告は、原告山田幸子に対し、金八一万四五四七円及びこれに対する昭和五四年四月一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を、原告山田和裕に対し、金一六二万九〇九三円及びこれに対する同日から支払いずみまで年五分の割合による金員を、各支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その一を被告の、その余を原告らの各負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告山田幸子に対し、三三三万三三三三円及びこれに対する昭和五四年四月一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を、原告山田和裕に対し、六六六万六六六七円及びこれに対する同日から支払いずみまで年五分の割合による金員を各支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  訴外亡山田晃一(以下「亡晃一」という。)は、昭和五四年四月一日午後四時三〇分ころ、普通貨物自動車(六岡け九五四三号)を運転して、岡山県倉敷市藤戸町天城六六二番地先県道交差点において、交通信号に従つて停車中、後方から進行してきた被告運転の普通乗用車(岡五五り八三三三号)に追突され、この追突の衝撃によつて亡晃一の運転車両はその前車(訴外立石晴男運転の普通貨物自動車岡山四〇い五八七二号)に追突したが、この二重追突の衝撃によつて、亡晃一は、頸部捻挫、前胸部打撲、両膝打撲及び自律神経失調症の傷害を受け、岡山市西市五六〇―七前島外科内科医院に入院し、九九日間治療を受けたが回復しないまま退院し、同年七月二四日死亡した。

2  右事故(以下「本件事故」という。)は、被告の前方不注視の過失によつて惹起されたものである。

3(一)  次の諸事情を総合すると、本件事故と亡晃一の死亡との間には相当因果関係がある。

(1) 亡晃一は、入院時から前記の傷害により「首が痛い。頭がとぶように痛い。」と激痛を訴え続けた。また嘔吐が続いたため食事もとれない状態が続いてやせ細つていつたし、頸部捻挫の症状が重いため首にカラーをはめていたが、これをはずすと首が前に倒れ、丁度赤ん坊の首のすわらない状態と同様の状態であつた。

(2) 右の亡晃一の状態は一向に回復しなかつたが、「病院にいても仕方がないので一応退院し、最悪の事態になればまた入院を考えましよう。」との主治医の言に従つて一応退院した。しかし、「頭がとぶように痛い。」と言つては七転八倒し、首がすわらないといつた状態は退院後も続き、その苦しみは見るに耐えないほどで、亡晃一の家庭の者は亡晃一から目を離すことさえできない有様であつた。更に、亡晃一は、入院中には物が二重に見えると訴えていたが、退院後には眼痛及び眼精疲労を訴えるようになつていた。

(3) 亡晃一は、寿司職人として長い経験を有し、本件事故当時には茜寿司という店に勤務しており、独立して店舗を出す計画を具体化しつつあつたが、本件事故による傷害のため、寿司店を出すことはおろか、従来どおり寿司職人として寿司店に勤務することすらできなくなつてしまつた。

(4) 亡晃一は、重くなる一方の病状に悲観し、また具体化しつつあつた長年の夢を本件事故によつて破られてしまつたため、昭和五四年七月二四日旭川に入水して自殺するに至つた。

(二)  本件事故による負傷、死亡により亡晃一が被つた損害は次のとおりである。

(1) 治療費 一二六万六五八〇円

内訳

(イ) 前島外科内科医院分 一二五万三三八〇円

(ロ) 倉敷中央病院分 九五一〇円

(ハ) 光眼科分 三六七〇円

(2) 入院雑費 九万九〇〇〇円

一日あたり一〇〇〇円、九九日分

(3) 休業損害 八〇万円

月額二〇万円、四か月分

(4) 文書料 八三四〇円

内訳

(イ) 事故証明書 七〇〇円

(ロ) 戸籍謄本外 一一四〇円

(ハ) 診断書(光眼科) 一〇〇〇円

(ニ) 診断書(倉敷中央病院) 五五〇〇円

(5) 通院交通費 九六〇〇円

タクシー往復(片道六〇〇円)、通院八日間

(6) 入通院慰藉料 一二〇万円

(7) 死亡による逸失利益 三〇二八万八七二〇円

亡晃一の本件事故当時の月収は二〇万円であり、生活費割合三割、就労可能年数三〇年、この就労可能年数についての新ホフマン係数は一八・〇二九であるので左の計算式のとおりとなる。

(20万円×12か月)×(1-0.3)×18.029=3028万8720円

(8) 死亡による慰藉料 二〇〇〇万円

亡晃一は、一家の生計の支柱であつたから右金額が相当である。

(9) 葬祭費 六〇万円

(三)  仮に本件事故と亡晃一の死亡との間に因果関係が認められないとしても、亡晃一は本件事故による前記負傷によつて右(二)(1)ないし(6)の損害のほかに次の損害を被つている。

(1) 亡晃一の前記傷害の後遺症による労働能力喪失率は三五パーセント、労働能力喪失期間は六年であるから、これによる逸失利益は左の計算式のとおり四三一万二五六〇円となり、右後遺症による慰藉料の額は五二二万円をもつて相当する。

(20万円×12)×35/100×5.134=431万円2560円

(2) 仮に亡晃一に右(1)の程度の後遺症がなかつたとしても、亡晃一の前記傷害の後遺症による労働能力喪失率は一四パーセント、労働能力喪失期間は四年を下ることはないから、これによる逸失利益は左の計算式のとおり一一九万七五〇四円となり、右後遺症による慰藉料の額は二〇九万円をもつて相当する。

(20万円×12)×14/100×3.564=119万円7504円

(四)  原告山田幸子は亡晃一の妻であり、原告山田和裕は亡晃一の子である。

(五)  原告らは、前記(二)(1)(イ)、(3)の各損害合計二〇五万三三八〇円の支払いを受けた。

(六)  被告は、前記の各損害についての賠償請求に任意に応じないため、原告らは、岡山弁護士会所属高原勝哉弁護士に右事件の解決を依頼することを余儀なくされ、同弁護士に対し、着手金として一二万円を支払い、成功報酬として受益額の八ないし一〇パーセントの割合の金員を支払うことを約した。

よつて、原告らは、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、本件事故による損害金の内金一〇〇〇万円を原告ら各自の相続分に応じて配分した額すなわち原告山田幸子において三三三万三三三三円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五四年四月一日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、原告山田和裕において六六六万六六六七円及びこれに対する同日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の各事実はいずれも認める。

2  同3(一)の事実のうち、本件事故と亡晃一の死亡との間に相当因果関係が存することは否認し、(1)、(2)も否認し、(3)については、亡晃一が寿司店に勤務していたことは認め、その余は知らず、(4)については、亡晃一が死亡したことは認め、その余は不知又は争う。同(二)の事実については、(1)の治療費のうち前島外科内科医院分は二一二万九四八〇円であつて、これはすでに支払ずみであり、(ロ)、(ハ)の治療費はいずれも認め、(2)の入院雑費は一日五〇〇円が相当であるから、その限度で認め、(3)の休業損害については、亡晃一の本件事故当時の月収が二〇万円であることは認めるが、その休業期間は一一五日であるから左の計算式のとおり七六万六六六六円となるところ、原告らはこの損害の填補として八〇万円を受領しているので、その差額は他の損害の填補にあてられるべきであり、(4)、(5)は認め、(6)ないし(9)は争う。

20万円÷30×115=76万6666円

同(三)(1)、(2)はいずれも争い、同(四)の事実は知らず、同(五)の事実は認め(但し、前記のとおり、これ以上の支払がある。)、同(六)は争う。

三  被告の主張

1  本件事故と亡晃一の自殺との間に相当因果関係がないことは、次の事情から明らかである。

(一) 亡晃一の乗つていた自動車の損傷状態、事故直後の亡晃一の言動、初診時の前島外科内科医院の医師の所見からして、事故の衝撃はさほど強度のものではなく、亡晃一が本件事故によつて受けた傷害の内容、程度は、通常よく見られる程度の軽度のむち打ち症であつて、入院も必要でないものであつた。また前胸部、両膝の打撲は間もなく完治している。

(二) 亡晃一は、事故の翌日から入院し、前頸部、肩の痛み、目まい、吐き気、動悸を訴えているが、これは通常のむち打ち症患者の症状と同様なものであつて、特別な症状ではない。そして、入院治療によつて亡晃一の首の痛み、肩の凝りは比較的楽になつたけれど、精神的なもの及び頭痛は持続していたようであるが、これは本人の訴えのみで他覚的所見に乏しいものである。なお、亡晃一は、被告が不意に見舞に行つたとき、首のカラーをつけないで普通に歩いていることもあつたし、頸椎に損傷がないことからも、また医師が通院をすすめていることからも、亡晃一は首がすわらないという状態にはなかつたといえる。

(三) 整形外科医である前島医師が、整形外科的治療の限界を感じ、岡山大学医学部精神科に亡晃一を紹介したことからも明らかなごとく、亡晃一の訴える症状は誇張されたものであり、同人には精神的な異常はないが、一種のノイローゼで賠償性ノイローゼの比重がかなりあり、岡山大学医学部精神科講師早原医師(現香川医科大学助教授)は治療方法としても精神安定剤の投与、精神療法=支持的療法をすすめている。そして、ノイローゼから自殺するケースは余りなく、当時亡晃一には自殺を予見すべき事情は存しなかつた。

(四) 亡晃一は、退院後も、昭和五四年七月一一日、一二日、一四日、一六日、一八日、二一日、二三日と前島外科内科医院に通院したが、その以前と比較して特別な異常はなかつた。

2  亡晃一は、昭和五四年七月二四日に死亡しているので、死亡後は傷害による損害が生じることはありえないし、亡晃一が死亡しなかつた場合、その後どの程度の治療を要し、どの程度の休養が必要か、また後遺症が残るかどうかも確定しえないから、亡晃一の前記傷害に基づく損害は算定不能である。

第三証拠

証拠関係は本件記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりである。

理由

一  請求原因1、2の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  右事実によれば、被告は、民法七〇九条に基づき、本件事故によつて生じた損害の賠償義務があるというべきであり、少くとも亡晃一の右負傷によつて生じた損害を賠償すべき責任はあるというべきであるが、原告らは、被告には更に亡晃一の死亡による損害についても賠償すべき責任がある旨主張するので、次に本件事故と亡晃一の死亡との間に相当因果関係が存するといえるか否かについて検討するに、証人前島仁、同早原敏之の各証言、原告山田幸子本人の供述及び成立に争いのない乙第一四号証、第四三号証、第五四ないし第五八号証、第六四号証、第六六ないし第六九号証、第七一、第七二号証、第七五、第七六号証並びに弁論の全趣旨を総合すると、亡晃一は、本件事故により頸部捻挫、前胸部打撲、両膝打撲及び自律神経失調症の各傷害を負い(この点は当事者間に争いがない。)、本件事故当日、倉敷中央病院で診察を受けた後、同日、前島外科内科医院で右各傷害についての診察、治療を受け、更に翌日から昭和五四年七月九日までの九九日間同医院において、入院治療を受け、その後同医院で通院治療を継続していたこと(このうち入院治療の点については当事者間に争いがない。)、亡晃一は、右入院時、前頸部と肩の強い痛みを訴え、吐き気、動悸の各症状があつたが、これらは入院中一進一退を重ね、更に眼精疲労も加わり、退院時にも、首の痛み、肩の凝りが比較的楽になつたものの、右諸症状はさほど軽快せず、死亡に至る直前の昭和五四年七月二一日時点においても頸部痛、吐き気、頭痛が持続していたこと、亡晃一が同医院を退院したのは、右諸症状が軽快したからではなく、同人の治療にあたつた同医院の前島仁医師が、ずるずると入院を延ばしても仕方がないと判断し、また環境を変えるという意味もあつて、亡晃一に退院を勧め、亡晃一がこれに応じたという経過によるものであること、亡晃一は、本件事故当時、寿司職人として岡山市大福の茜寿司に勤務していたが、右治療中、前島仁医師に対し、自分は寿司職人としては再起できないのではないかとの不安をもらしていたこと、亡晃一は、近い将来自ら寿司店を開設する計画を有していたが、本件事故による負傷のためにその実現が困難になつたとして思い悩んでいたこと、亡晃一は、退院後も頭痛を訴え、毎日のように嘔吐があり、夜も眠れないことがあり、頸部固定のためのカラーを装着したままでいたこと、これらの事情のために退院後も茜寿司で働くことができなかつたこと、以上のような状況の下で、亡晃一は、昭和五四年七月二四日、岡山市内の旭川に入水して自殺するに至つたが、本件事故による負傷はさておき、亡晃一にはそれ以外には自殺の原因となるべき事情はなかつたこと、他方、亡晃一には、自覚症状として前記諸症状があるものの、これに対応する他覚的所見が乏しく、前島外科内科医院で実施した頸椎のレントゲン検査によつても頸椎に特に指摘されるべき異常が認められる旨の診断は下されていないこと、亡晃一の前記諸症状は、諸検査等の結果、入院中の状態観察の結果からして、前島仁医師が今までに経験した同種の傷害を受けた患者の中では特異な例であり、同医師は、亡晃一の前記諸症状をかなり修飾されたもの、すなわち誇張されたものであると判断していたこと、亡晃一の前記諸症状は、亡晃一が本件事故の賠償問題について損害保険会社の担当者と話し合つた後には悪化し、その際には同人の精神面の起伏が激しくなつていたこと、右のような状況の下で、同医師は、亡晃一を岡山大学医学部神経精神科に紹介し、昭和五四年七月一三日、同科の早原敏之医師が亡晃一を診察したが、その際実施した神経学的諸検査の結果では、亡晃一には特別な異常は認められず、精神医学的にも亡晃一の種々の不足愁訴が出てくるような客観的所見は認められないことから、同医師は、亡晃一の前記諸症状につき外傷後神経症である旨の診断をしたこと(なお、成立に争いのない甲第四号証によれば、同医師は、亡晃一の前記諸症状についての診断書(甲第四号証)を作成し、同診断書には亡晃一の病名として「外傷後遺症」という病名が記載されているとの事実が認められるが、証人早原敏之の証言によれば、右は、同医師が患者に有利なようにと実際の診断内容とは異なる病名を記載したものであることが認められるから、同号証によつては右認定は覆えされない。)、右両医師とも亡晃一を診察した時点において(前島仁医師については治療を継続していた時点においても)、亡晃一が自殺を決意するかもしれないほどの苦痛を受けているとは考えていなかつたこと、亡晃一は、内向的な性格で、一本気なところがあるし、考え込んでしまうことも多く、以前、医師からノイローゼである旨の診断を受け、川田病院精神科への紹介状をもらつたこともあること、以上の事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

右認定の諸事情によれば、亡晃一は、前記諸症状を極めて深刻な事態と受け止め、これを思い悩み、また前記諸症状のために近い将来自ら寿司店を開設するとの前記計画が実現不可能になつたものと考えて落胆したのみならず、今後寿司職人として仕事をすることができるかということ自体にも強い不安をいだき、その前途を悲観して自殺するに至つたものと推認することができ、右推認を妨げるべき証拠はない。しかしながら、亡晃一には、前記諸症状に対応すべき他覚的所見が乏しく、亡晃一の前記諸症状が同人が保険会社の担当者と本件事故の賠償問題について話し合つた後には悪化し、その際には同人の精神面の起伏が激しくなつたこと、岡山大学医学部神経精神科の早原敏之医師が亡晃一を診断した際実施した神経学的諸検査の結果では亡晃一には特別な異常は認められなかつたし、精神医学的にも亡晃一の種々の不定愁訴が出てくるような客観的な所見も認められなかつたことなどから、同医師は、亡晃一の前諸症状について外傷後神経症であるとの診断を下したこと、同医師も前島仁医師も亡晃一を診察した時点(前島仁医師については更に治療をした時点)においては、亡晃一が自殺することは全く考えていなかつたこと、亡晃一の性格は内向的で、思い込んでしまうところがあり、一本気のところがあること、以前医師からノイローゼである旨の診断を受け、川田病院精神科への紹介状をもらつたことがあることも前叙のとおりであるところ、これらの諸事情に鑑みれば、亡晃一が本件事故によつて受けた傷害は重症のものとは到底認めることはできず、亡晃一の前記諸症状については、いわゆる外傷後の賠償神経症がその主要な原因であると推認することができ、この推認を左右するに足る証拠はない。そうすると、亡晃一が本件事故によつて受けた傷害と亡晃一の自殺との間には条件的な因果関係は肯認されるけれど、右傷害による苦痛が死に勝り又はこれに匹敵する程度のものであり、右傷害を受けた者が死を選ぶことが社会通念からしてもつともであると思われるほど重大かつ切迫したものであつたとは到底考えることができないというべきであるから、右傷害と亡晃一の自殺との間には相当因果関係があるとは認められない。したがつて、被告は、本件事故及びこれによる亡晃一の傷害との間に相当因果関係の認められない亡晃一の自殺による損害を賠償すべき責任を負わないというべきである。

三  そこで、亡晃一の前記傷害による損害について検討する。

(1)  治療費

前記傷害の治療のため請求原因3(二)(1)の治療費を要したことは当事者間に争いがない。

(2)  入院雑費

亡晃一が前記傷害の治療のため九九日間入院したことは当事者に争いがないところ、その間の入院雑費としては、一日八〇〇円合計七万九二〇〇円を相当額と認める。

(3)  休業損害

亡晃一の本件事故当時の収入が一か月二〇万円であつたことは当事者間に争いがない。ところで、原告らは、本件事故の生じた月から亡晃一が死亡した月までの四か月分の休業損害の発生を主張するのに対し、被告は本件事故発生日から亡晃一の死亡の日までは一一五日間であるから、その期間の休業損害しか生じていない旨主張するが、本事案においては、亡晃一の死亡がなければ生ずることが予想された損害についても賠償責任があるというべきこと後述のとおりであるところ、亡晃一の前記の傷害の内容、亡晃一は自殺した当時なお治療継続中であつたことなどの治療経過などに鑑みれば、亡晃一は、少くとも原告主張の四か月間は本件事故による傷害のため寿司職人としての稼働ができなかつたというべきである。しかしながら、亡晃一の前記諸症状の原因としては、本件事故による傷害のほかに心因的要素が大きな比重を占めていることも前記認定のとおりであるから、亡晃一に右以上に本件事故と相当因果関係のある休業損害が生じるとは断じ難い。以上によれば、亡晃一が本件事故によつて被つた休業損害は八〇万円というべきことになる。

(4)  文書料、通院交通費

請求原因3(二)(4)、(5)の各事実はいずれも当事者間に争いがなく、これらは本件事故と相当因果関係のある損害ということができる。

(5)  逸失利益

原告らは、予備的に、亡晃一の自殺の後に生ずべき前記傷害の後遺症による逸失利益の賠償を請求しているが、亡晃一の自殺の後には同人に休業損害、逸失利益などの損害は生じないのではないかとの疑問の生じる余地があるので、まず右請求の可否について検討するに、事故により負傷した被害者が、その後、その負傷とは何ら関係のない事情で死亡するに至つた場合には、死亡後には右負傷による休業損害や右負傷の後遺症による逸失利益が生じる余地はなく、加害者は、被害者が死亡しなければ存したであろう休業損害や逸失利益の賠償義務を負わないというべきであるけれど、被害者の死亡が右負傷との間に条件関係の認められるものであるときには、右負傷による損害について賠償責任を負う者は、被害者の死亡がなければ存したであろう全損害について賠償の責に任ずべきものと解すべきであるところ、本件事故による亡晃一の負傷と同人の自殺との間に条件関係が認められること前叙のとおりであるので、被告は、亡晃一が自殺しなければ存したであろう同人の全損害について賠償責任を負うというべきである。そこで、次に、亡晃一が自殺しなければ存したであろう後遺症の有無、程度およびその存続期間について検討するに、証人前島仁の証言及び成立に争いのない甲第五号証によれば、亡晃一の前記傷害は、同人が自殺した時点では治癒に至つておらず、したがつて右時点において同人の後遺症の内容、程度は確定していなかつたことが認められるが、前記認定の亡晃一の傷害の部位、程度、亡晃一に生じた諸症状及び治療経過からすれば、経験則上、亡晃一には、右負傷に起因する神経症状が後遺症として残存したものと推認することができる。しかし、亡晃一の前記諸症状の原因中には心因的要素が大きな比重を占めていること、亡晃一については頸椎のレントゲン検査等の諸検査の結果でも特に指摘すべき異常が認められないなど前記諸症状に対応する他覚的所見が乏しいこと前叙のとおりであるから、亡晃一が自殺しなければ残存したと推認される右負傷に起因する後遺症としての神経症状は、原告らが請求原因3(三)(1)、(2)で主張する程度のものとは到底考えられず、せいぜい自動車損害賠償保障法施行令別表第一四級一〇の「局部に神経症状を残すもの」に該当する程度のものであつたと推認され、亡晃一は、これによつてその労働能力のうち五パーセントを喪失したであろうということができ、右程度の後遺症としての神経症状は、経験則上、二年間継続し以後消失するのが通例であるといえるところ、亡晃一の後遺障害の継続期間が右と異なると考えるべき事情が存したことを認めるに足る証拠はないから、亡晃一の右後遺症も二年間は継続し、以後消失するものであつたというべきである。そして、亡晃一が本件事故当時寿司職人として稼働し、一か月二〇万円の収入を得ていたことは前叙のとおりであるから、結局、亡晃一の右後遺症による逸失利益の額は、次の計算式のとおり、二二万三三二〇円となる。

20万円×12か月×5/100×1.861(新ホフマン係数)=22万3320円

(6)  慰藉料

前記認定の亡晃一の入通院状況及び前記諸症状の程度及びその原因その他諸般の事情を総合すると、亡晃一が本件事故による負傷、これによる入通院、前記後遺症によつて被り又は被るはずであつた精神的苦痛に対する慰藉料の額は一九〇万円をもつて相当というべきである。

(7)  相続関係

請求原因3(四)の事実は、成立に争いのない甲第一号証によつてこれを認めることができる。

(8)  損害の填補

請求原因3(五)の事実は当事者間に争いがない。

(9)  弁護士費用

原告らが本件訴訟の提起及び追行を原告ら訴訟代理人高原勝哉、同岡本憲彦に委任したことは記録上顕著であり、本件訴訟の内容、経過、原告らの請求についての認容額等に鑑みれば、本件事故と相当因果関係のある原告らの弁護士費用は、原告山田幸子について七万円、原告山田和裕について一四万円と認めるのが相当である。

四  よつて、原告らの本訴請求は、被告に対し、原告山田幸子において八一万四五四七円の損害金及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五四年四月一日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合の遅延損害金の、原告山田和裕において一六二万九〇九三円の損害金及びこれに対する右の昭和五四年四月一日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、原告らのその余の請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用し、仮執行免脱宣言の申立ては相当でないのでこれを却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 窪田正彦)

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